夜明け前にふと何かの気配に気づき、瞼を開くとそこには薄紫色の瞳があった。寝ぼけた頭で「なぜこんなところに鏡が」などと思っていると、不意に腰のあたりに感じるやわらかな重み。ハッと気づいた瞬間寝着の襟口からひんやりとした何かが侵入してきて、声をあげそうになった口もまた何かに塞がれる。目の前で微笑む、円く、あかい、

「おはよう、ネジ兄さん。」
「…ヒナタ様。これ、どういう…っ」
「おおきい声、だしちゃ、だめ。もう家のひとたち起きちゃってるの」

 だから静かにしていてね、と囁く薄紫はすっと視線を下ろした。再びそろりと襟元を撫でていく冷えた手が、辿り着いた帯の結び目を気まぐれに弄び。少しだけ緩くされた締め付けに反応する間もなく、藍色の頭がぽすりとオレの胸に下りてくる。擦りつけるように耳をあてられると、その度に服の中へ入り込む長い髪の感じがくすぐったくて。
 離れる気配のない彼女の頭を少し撫でてやると、わずかに乱れた夜着がきゅっと掴まれる感じがした。

「兄さん。」
「はい。」
「…どきどき、いってるね。」
「…あたりまえです。一体どうしたっていうんですか、こんな時間に。」

 夜這いというにはあまりに朝が近く、けれど朝の挨拶にしては度を超した彼女の振る舞い。ましてここは宗家の一室であるというのに、…絡みついてくるような四肢の感触は、何かを煽るように暖かい。
 呆れる様な声で返事をしてやれば、

「ゆめを、みたの」
「…ゆめ。ああ、何か怖い夢でも見ましたか。」
「………」
「相も変わらず、可愛らしいことを仰る。おいくつですかヒナ…、っツ」

 少しの嫌味でも言ってやろうと言葉を連ねると、強かに脇腹を抓られた。

「…ヒナタ、様。」
「だって、本当に、こわかったのに、…」

 次第に震える、声。しまった、と思うより先にグイッと何かが引っ張られ、気がついたときには両手を帯で結ばれていた。怒ったようにこちらを見つめてくる彼女の眦はキッと赤くさかれているのに、…夜着の下で直に感じる彼女の手のひらは、ひどく冷たく。

「こわくて、さみしくて、どうしようもなかったの。夢だってわかってたけどそれでもおそろしくって、兄さんがいるかどうか確かめたくって、だから、だから…いてくれて、ありがとう、って、うれしかったのに、」
「………」
「にいさんは、わたしがいて、うれしくないの?」

 ぽとりと一滴だけ、零れ落ちた雫。けれどその涙を流したはずの彼女の瞳は、なぜだかひどく渇いているようにみえて。



「…うれしくないはず、ないだろう」

 口から出た声は情けないことに少し嗄れていた。自由にならない両手がもどかしく、彼女の不安を解してやれなかった己の浅薄さが疎ましく、…ただじっと目の前の薄紫を見上げれば。

「…ねえ、兄さん。」
「はい」
「もうすぐ、朝だし。家のひとたちだって、起きちゃってるけど、」

 乞うように目尻へと降ってきた口付けが、泣きそうに静かな音で鳴り。そろそろと臆病にオレの手の拘束を解いた冷たい手を、そっと握り返すと。伏せられた彼女の睫毛が、しとりと濡れて。

「………」
「やさしく、するから。」

 甘やかな、囁きに。誘われるまま彼女のやわらかい頬に触れ、唇だけで三文字分の名前を呟き。

 交わした口付けは明けることのない夜のような味がした。



あとがき
<影下里緒さん>
airanさんの文章をイラスト化というコラボができて楽しかったです。
一番最初にこの素敵なお話を読めて幸せ者でした。
イラストは、序盤でヒナタがネジのお布団に侵入して、おおきい声出しちゃだめって言うシーンのイメージです。
<airan>
影下さんのヒナタはむちっとしていて素敵だなあと常々思っておりましたので、コラボとても嬉しいです。
タイトルの『夜泣夢、朝来夢』は影下さんにつけていただきまして、読み方は「よなきゆめ、あさきゆめ」…キュンとせざるを得ないですキュンキュン。
「布団の上のヒナネジ!」ということで書かせていただいたのですが、ポイントはやはりヒナタの「やさしくするから」ということで。寝間着や布団の感じ、髪の垂れ具合、仄かな朝の空気感…しあわせですヒナネジさいこう!


(UP 09/07/21)


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