「あなたがいなくなるのがこわい。」
翳るような夕方の気配を身にまとい、震えるような目をしておれの頬を撫でた彼女の手はひどくしずかだった。人差し指がごくささやかな力で目尻をなぞっていったかと思うと、そこから零れ落ちるように離れていく指先。
触れ合おうと伸ばした腕はすっと巧みに避けられて、行き場のない戸惑いが宙に浮く。
「………。」
不意に見せられた彼女の感情はせつなげに光り、困ったような色で見上げてくる薄紫はおれ越しに何処か違うものを見ているようだった。つい先まで一緒に鍛錬をして、いつものように用意してもらった二人分のお茶を、そっと並んで口にして。やわらかな沈黙の途切れた合間、お互いの近況を語りあったり…ふと思いだした幼い頃のこと、などを。自然にそっと笑い合えるような、あたたかな時間を共有できていたのに。
―――どうしたんですか?
思わずじっと見下ろした視線の先。はっと気付いたような顔をした彼女は、なにか気まずそうにおれから目をそらした。
「…あ。ううん、何でもないの…私、お茶のお代わりを、」
「ヒナタ様。」
にわかに立ち上がろうとした彼女の手首を、思わず掴む。ぴたりと動きを止め、ふたたびおれを見つめるその色は…ほのかにあかく、ふるりと揺れていて。
伏せられた睫毛の先をじっと見つめれば、そこにはかすかに、濡れた気配があった。
「ヒナタ、さま。」
目の前でぎゅっとせつなく寄せられた眉。それに引き寄せられるように伸ばしたおれの手は、…今度はちゃんと、彼女に届いて。
「ネジにい、さん。」
わずかに震える頬を恐る恐るとなぞれば、じっと息を凝らす、薄紫、色の。
「……わたし、こわいの」
「うれしいのが、せつなくて、こわくて、かなしくて、」
「ちいさい頃の、ことなんて。もう、なくても、がまんできるくらいつよくなったつもりだったのに、」
「にいさんにめいわくかけちゃうくらいならひとりのほうがいいって、そう、ちゃんと、おもってたのに、でも」
「もう、…もう、思い出しちゃったの。」
あなたのことが、すきだって。
「………っ、え、」
「ごめんなさい」
軽く鳴る、水音。すっと立ち上がった彼女は謝罪の言葉を囁いて、そのまま振り返ることなく走り去っていった。
茫然とするおれを置いて、あっという間に見えなくなる後ろ姿。指先から溶けるように失われていく、彼女の体温。
ああ、でも
「………やっぱり、睫毛、長かったな。」
一瞬ありえないほど近く見えた彼女の瞳は、痛々しいまでに不安げだったけれど。

確かにおれの頬に残る、不器用にかたい歯の感じ。その、やわらかな感触。
このささやかな痛みさえもうれしいと言ったら、今度はやさしくわらってくれるだろうか。
あとがき
こんにちは、主催の一人のairanと申します。
とりあえずヒナネジ!の一心で書きました。両想いなことに変わりはないけど、ね…ヒナタがネジをどんな風に思っているのか想っているのか、考えるだけでキュンとしてしまいます…きゅんきゅん。
皆さんの「ヒナネジ」のかたち、これから拝見できるのを楽しみにしております!
(UP 09/07/03)

